The motorcycle diaries

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 1年ほったらかしていましたが、まだ生きています。久々に書きます。

 1年前の今は南米。そう、その後アルゼンチンから出発した中国製150ccバイクの旅は色んなドラマがありましたがチリ、パラグアイ、ブラジル、そして初めてとなるレトロな雰囲気が魅力的なウルグアイを越えて無事に??ブエノスアイレスに戻っています。
 
 新しい出会いあり、久々の再会あり、アルゼンチン入国管理管と繰り広げた国境越えの様々な格闘、そしてパラグアイやブラジルへの密入国!驚くほど頑張ってくれた中国製コピーバイクとの奮闘。多分振り返れば前回のホームページと同じくらい記事が書けそうですが、またいつか機会があれば。

 日本に戻り昨年暮からは珍しくぼちぼち忙しい生活を送っています。と言っても自営業なのでマイペース。3ヶ月間休み無く働いたと思ったら何週間も痴呆老人のように徘徊したり。いずれにしても土日って何?という感覚です。最近付き合いのある業者さんも、曜日感覚はない、と言っていたので会社員が特別なのかも知れませんね。

 この春の2大プロジェクトはウッドデッキ製作とガレージ建設でした。
ウッドデッキは床面積60屐∈蚤膵發4mの巨大なものです。



ハードウッドと呼ばれる恐ろしく硬くて重い木を使ったのですが、これが大変。
何しろ普通のネジは100%折れちゃうし、ドリルビットさえポキポキ折れるのですから。
しかし見た目も耐久性も抜群。満足の作品ができました。
床面は2段に分け、曲線的なカーブでデザインしてみました。
興味のある方、見積もりご用命は当社(有)HMIまでどうぞ。



もう1つのプロジェクト、ガレージ。
自分用のは過去にも紹介した木造でしたが、今回は商用の鉄骨ガレージです。
会社員時代、レースをしていた頃ずっと欲しかったマイガレージ。
探してもなかなか無かったし、周りのレース仲間もみんな欲しがっていたガレージ。
これは絶対自分がプロデュースしようと会社員時代から決めていましたが、
紆余曲折こんなに時間がかかってしまいました。
そして既にレースから離れて久しく...まあ、幸せの場を提供できれば満足です。
収入にもなれば尚満足です。

ともあれ夢1つ実現。明日仲間を集めてミニ餅撒き&BBQです。
たかがガレージ如きで餅撒きは普通は無いようですが、子供相手に楽しみでやります。
遠州地方は餅撒きの風習が強く残る地方なのです。




そうそう、場所はかつて勤めていたヤマハ発動機本社の西隣、ヤマハスタジアムの道路隔てて南隣です。
良い場所かと言うと、ここが東京、名古屋ならイエスですが残念ながらここはグレー。
静岡は県民所得がかなり高いけれど財布の紐がかなり固い県民性なのだそうです。
会社員時代の周りを思い出してみると納得です。
ジュビロイワタのお金持ちのサッカー選手がフェラーリ入れてくれないかな?
20:18 | 土木建築造園 | comments(0) | trackbacks(0) | author : takashimase
Andes again

On the road of south America again. Start from BuenosAires Argentina, crossed the continent to Chile and heading north to Bolivia now.
  Here it is a story of recent some days. It was not a piece of cake to go through the pass SanFrancisco 4748m, only across a few car a day in this winter season ,which is a part of Andes range, covered with snow and ice, Coke freeze in a minute , with my little 150cc Chinese pony, as he cough often and refused to run due to low oxigen. But the Japanese Gaucho kicked his ass and feed him a onion in his airfilter box so as to run more than walking speed. Yes, onion! its a legendary tequnic for high altitude among Argentine riders. All your knowledge and experience will be required, and you must be a sort of fool! It was a kind of adventure in some meanings. So fun!!
00:19 | - | comments(0) | trackbacks(0) | author : takashimase
坂本九は歌えない
 
ブエノスアイレスで坂本九のスキヤキソングは歌えない。
南米は野良犬が多いがブエノスも例外ではない。通りを1日歩き回るとすると、野良犬、飼い犬を含めたクソを踏まないですむのは奇跡に近い。綺麗な女の人が熱心におしゃべりしながら歩いているのを見ると心配になるが、まるで手品のように上手にクソを避けてゆく。芸術的だ。

今度は下ばかりみていたら、今度は頭から背中にかけて変な液体が降りかかってきた。なんと南米ではかの有名ないわゆるケチャップ強盗だ。後ろを歩いていたオバサン2人組みが親切にもティッシュを出して拭いてくれようとする。そしてジャケットを脱がせようとする。別のオッサンが追い払ってくれたが、果たして誰が演技をしていたのかは謎のまま。何も盗られてないからいいかなと思っていたら大間違い。緑色のドロッとした液体が臭くて拭いても取れず、洗濯しなくちゃならない羽目に。
1本200円くらいもする高嶺の花コカコーラを持って歩いてたのだから金持ち外国人丸出しだったのでしょう。
バイク旅行では田舎の景色や田舎人で好印象抜群だったアルゼンチンが、ここ都会にいるとどんどん下がってくるのが悲しいかぎり。まあ世界中都会はどこでもそうですが。
 
教訓。都会ではゴルゴサーティーンのように行動すべし。後ろからの気配が例えベッドを共にした美女でも眉間を撃つべし。
11:29 | - | comments(0) | trackbacks(0) | author : takashimase
アルヘンティナアミーゴ

 4年前、南米バイク旅行中に知り合ったバイク旅行者の中で唯一のアルゼンチン人アミーゴに再会。バイクで家に招待してくれるために遠くから迎えに来てくれました。
サイレンサーすら買えず爆音のおんぼろバイクで旅していた彼ら。
それもそのはず、アルゼンチンは未だにデフォルト地獄から抜け出せず、インフレで物価高。会社員の平均給与は6万円とか。そもそも会社員なんて少数派だし、大方のアルゼンチン人はもっともっと厳しい生活なのですね。
 でも彼Damianも彼女Graceも人生エンジョイ組。ぼろぼろバイクでも笑顔いっぱい。
貧しいスペイン語での意思疎通にも関わらず、得るものだらけ、変わらず笑顔にさせてくれる彼らでした。
10:58 | バイク | comments(0) | trackbacks(0) | author : takashimase
タンゴの国へ


じゃーん!南米はアルゼンチンに4年ぶりに上陸。
冬のはずなのにここもまた結構暖かい。ブエノスアイレスは南米のパリと言われるだけあって街並みに歴史を感じさせる趣があって実に美しい。近くでみるとゴミだらけで汚いのはご愛嬌。
しかしパリとは違うのは人の大らかさと陽気さ。市場で柿を1個買っただけなのに”どこから来たんだ?”と問いかけてくる八百屋さん。そしてしばしの会話の後に名前を呼んでくれて握手で別れた。
他の大陸ではなかなか味わえないこの幸せ。流石に国民幸福度で世界の上位を席巻する南米。お金では買えない価値があるのですね。
 
14:30 | - | comments(0) | trackbacks(0) | author : takashimase
オーストラリアの冬

 南半球は冬のはずなのに昼間のシドニーは半袖サンダルの人が闊歩している。
南へ300kmのビーチに友人Jordanに連れて行ってもらった。殆ど誰も居ない美しい砂浜。透き通る海。目と鼻の先でペリカンが歩いている。ちょっと冷たいけれど泳げるくらいの水温。
その翌日。”タカシ、オーストラリア最高峰へ登りに行こうか”と言う話になり今度は900km南へ移動。本州を縦断してしまうくらいの距離を平気で移動してしまう感覚が尋常ではない。
そして登山。と言っても2200mちょっとで遊歩道を5時間ほど歩くだけ。しかし流石に風は冷たいし雪も積もっている。人生で初めて雪を見るという彼は”何でこんなに寒いんだよ”とぶつぶつ文句をたれている。夏も冬も2日で経験できる恐るべし冬のオーストラリア。

シドニーもまた2つの顔を持っている。華やかで割と白人が多い市内。しかし電車でちょっと郊外に出ると、どこも移民だらけ。ある町では白人は殆ど見ることはなかった。中国、韓国、アラブ、何でもござれ。世界190カ国以上の移民が今もどんどん押し寄せているのだそうな。日本人には少々疲労がたまりそうな環境だけれど、みんな勝手に生きている雰囲気はストレス発散にはたまには良いかもしれない。それに世界中の料理が楽しめる!
22:25 | - | comments(0) | trackbacks(0) | author : takashimase
インドバイク
 インドの田舎のガソリンスタンドで給油待ちする2台のバイク。1台目は3人乗り。(驚く無かれ、4人乗りまでは普通に見かける。)後ろのバイクは金物屋さんでしょうね。後ろのタイヤしか見えないけれど。足を縛ったヤギとかニワトリが乗っていることもある。何でもありのインド。こう言う光景がインドの楽しみの1つ。



今、日本でインドバイクを預かっている。インドヤマハ製の125cc。この手の海外生産のバイクは喰わず嫌いしていたが、見慣れ乗りなれてくると意外に面白い。乗って一番感心したのは巡航時のエンジン回転の低さ。それもそのはずこのバイク普通に走ればプリウスなんて全く目じゃない50km/L以上の驚きの燃費なんだそうな。タンク容積が13Lもあるから650km以上無給油で行ける素晴らしさ。これなら南米やアフリカを旅するとしても燃料タンク改造不要。なんと素晴らしい。見慣れてくると、あれっ、まあまあ格好良いんじゃないの?なんて思えてきちゃう。
 バイク好きの友人に見せたら「タンデムシート(後ろの人の座るところ)長いねえ」とのコメント。言われてみれば鋭い指摘だ。確かにインドではサリーと言う民族衣装を着た女性が旦那の後ろで横向きに座るのが普通だからかもしれない。因みにインド車にはサリーが後輪に巻き込まれるのを防止する「サリーガード」なるものも標準装備されている。(写真のバイクは外してます)バイクもお国柄が出るのですね。興味ある人はインド、タイバイクを取り扱うMUモトスさんまで!http://www.muworld.jp/index.html


21:26 | バイク | comments(0) | trackbacks(0) | author : takashimase
冬の硫黄岳
 

 寝返りを打つと重たいクッションの感触。ああ雪が降ってるんだな、って夢の中で思う。
先月末から八ヶ岳連峰の硫黄岳への登山中のテントでのこと。
登山をしない人には理解し難いかも知れないけれど、テントの中で聞く雪の音、雨の音は風が強くなければ意外と心地よい。都会で経験したら唯の罰ゲームだろうが、人工物の無い自然の中だとちょっと嬉しい。過酷な環境下でテントの薄い布だけで守られていることに小さな驚きと優越感を感じる。
夕方、テントの中で氷点下15度。でも外から入ると結構暖かく感じられるし、装備がしっかりしていれば結構快適。そう、特に冬の装備は大事なのだ。
 
 以前友人とテント泊中のこと。異様に呼吸が苦しくて目が覚める。隣で友人も苦しそうにゼーゼー言いながらで寝ている。寝る前に2人でウイスキー飲んだせいかな、なんて思った。雪山では少々のことでは夜間は外に出たくないが、あまりの苦しさに外の空気を吸おうとテントを出ようとしたが何か変だ。深々と音も無く降る雪にテントが完全に埋まっていたのだ。危うく2人で酸欠死するところだった。お前と一緒に死ななくて良かった、とはお互いの笑い話だ。そんな訳で冬季登山には冬用テントが必需品。出入り口は吹流しが付いているし、天井横の高い位置にも吹流しがある。(写真の反対側。)全ての機能に理由があり、極限の状態に対応した究極の美しさがある。これが山のもう1つの楽しみ。
もちろん今回は冬季用テントでした。雪山最高!


11:37 | - | comments(0) | trackbacks(0) | author : takashimase
雄勝の闇
 
2月、今年初めての雄勝に行ってきた。もう1年になるが、まだまだ復興とは程遠い印象だ。ガレキは減り、物理的には綺麗になりつつあるが、人々の状況は震災当初よりも遥かに悪くなっている気がする。雄勝町の人口は4千人から9百人まで減ったと聞いていたが、それでも秋頃は昼間の人口は復興作業に来る漁師さんでもっともっと多かったと思う。ところが今回、いつも訪ねる船越部落には、私が居た1週間、殆ど漁師さんを見かけることはなかった。そもそも海が時化て寒さが増すこの季節は忙しくないらしいが、それでもこれだけ人が来ない港は寂しすぎる。

 港湾復興関連作業に従事すればもらえた1日12500円の水産庁からの支援金が昨年暮れに終了したため、今の状況では漁師として喰っていくのはかなり厳しい。船も漁具も加工施設も揃わない、養殖施設で利益を出すまでに数年かかるが、そこまで食い繋ぐ資金も無い。口に出す人は少ないが、誰もが悩む最後の大きな壁は放射能の影響の不確実性だ。そんな状況で漁師を続ける決断をするのは相当な覚悟が必要になる。漁師は年金暮らしの高齢者が多いので、そこまでのリスクを追おうとしないのは当然かもしれない。深刻なのは、これからまだまだ生活費を稼がなければならない数少ない若い漁師達だ。今一番支援が必要と言えば彼らであり、彼らの漁師としての復活が無ければ、雄勝の、東北の漁業も終わることになるだろう。

 石巻で唯一活気があるように見える業界はパチンコだ。失業手当を手にした仮設住宅居住者が朝から列をなす。土建業界は人手不足なのに失業手当の切れるまで働こうとしない人が多いと聞く。アルコールとギャンブルへの依存は2次災害の様相を呈している。行政のこうした救済の仕組みも、残念ながら状況を悪くする一因になっている気がする。闇は報道で伝えられるよりもかなり深い。

15:05 | - | comments(0) | trackbacks(0) | author : takashimase
掲示板2011
 掲示板2011年のコピーです。                                          
  
●管理人(486) 題名:求人 投稿日 : 2011年12月13日<火>19時01分
12月19日から23日に雄勝町で津波で流された漁師小屋の修繕の大工仕事をします。手伝える奇特な方もしいらしたらメール下さい。

●管理人(084) 題名:カラス 投稿日 : 2011年12月3日<土>14時44分
今年の夏から今日まで、外壁の塗装、台風の修理、火事の修理と屋根の上に居る時間が長い。
先日裏の農家のばあさんに下から声を掛けられた。
「あんたはいつも屋根の上に居るな。あんたはカラスか?」
私「カーカー」

●毒(530) 題名:あしどめ 投稿日 : 2011年11月23日<水>21時32分
世の中にはいろんなことが渦巻いている。決して、うまくいくことばかりではない。バイクで北南米縦断をしていた頃のこと
アメリカからメキシコに入ってバハ半島を走った時に、急にフロントタイヤがパンクした。テント、寝袋、スペアパーツごと転倒。ニコンF4を全損してしまった。怪我にもがっかり。カメラ破損にもがっくし。なんであんなところでパンクするんかなあ。そう思いながらカメラは予備のF3に変え、しょぼんとしながらも、残り7ヶ月を満喫した。
それから8ヶ月後、F4でとった最後のフィルムの現像をみてあぜんとした。真っ黒でアンダーだった。F4はすっかり、故障していたのだ。
あそこで、転倒して壊れていなければ、南米のパイネの風景もまったくナイネ。ありゃりゃ、しつれいいたすますた。なにが幸いするかは、いつまでもわからない。

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Res:管理人(751) 投稿日 : 2011年12月14日<水>22時35分
ホント、何が幸いするか分からないですね。
火災の夜は珍しく無風だったんです。いつもの遠州の空っ風が吹いていたら今頃うちも全焼して煙に巻かれて死んでいたと思います。今年はラッキーな気がしてきました。ドクターに感謝です。

●管理人(529) 題名:お参りの効果 投稿日 : 2011年11月23日<水>11時48分
厄払いにと、油山寺、小国神社にお参りに行った。
昨年はこの時期素晴らしい紅葉だったけれど、今年はもうちょっと遅いみたい。
翌日のこと、車で停車中に追突された。
追突した主は自転車の学生。ママチャリのフォークはグンニャリ曲がり、本人も車に叩きつけられた様子。でも怪我は無さそう。携帯をいじっていたようだ。
車も塗装が剥げたり傷ついたりしたけれど、可哀想になってそのまま帰させた。
お参りの効果でこの程度で済んだのか、それとも賽銭が足りなかったのか。もう何もありませんように。

●管理人(944) 題名:泣き面に蜂 投稿日 : 2011年11月18日<金>01時55分
焼け焦げた自宅。熱で割れた瓦、焦げてグズグズの外壁、炭化した柱、9月に塗った塗装は無駄だった。窓は割れ、網戸や雨樋、窓周りのプラスチックは溶けている。
焼け跡の片付けをしていると切なくなる。全焼した隣家の解体工事の下請けの労働者のヨレヨレの服、ススで真っ黒になった顔にこんなときは親近感が湧く。台風で東隣の屋根の直撃を受けたと思ったら今度は西隣から貰い火。最近ついてないなあと小さく呟いたら、その内よいこと有るよ、と、その作業員にそっと慰められた。ススにまみれた2人にしか分からない空間があった。
その翌日のこと。突然の雨。しかし空は快晴。水滴が屋根から滴り落ちる。直感的な違和感。ヌルヌルする。オイルだ。上空に戦闘機の機影を探す。居ない。屋根の向こうでパワーショベルを操る昨日の作業員に上から声をかける。オイル撒きました?あ、そこまで掛かりました?ショベルの油圧ホース破裂しちゃいまして。……。
そして我が家も車もオイルまみれ。どこがいい事あるんじゃ!とも怒れず。故意じゃないもんね。
もう全てがどうでもよくなって来た。怒りも悲しみもない。可笑しくてしかたない。
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Res:管理人(034) 投稿日 : 2011年11月19日<土>12時07分
そう、ここまで来ると些細なことだが、そういえば先日近所の車がうちの庭のフェンスに突っ込んだ。下手なドラマよりずっと刺激的な今日この頃。今度は飛行機でも落ちてくるんだろうか。

●管理人(753) 題名:がはははは 投稿日 : 2011年11月2日<水>02時49分
甚大な被害を被った台風15号の修理がようやく終わった。こつこつ屋根に上り、100万円分くらいは仕事をした。満足して晴れ晴れと休日を楽しんだその翌日、一昨日未明のこと、隣家が火災で全焼した。ウチも被害甚大....。直したばかりの瓦は全部下ろさなくちゃいけないし、交換したばかりの雨どいはトロトロに溶け、8月に汗水垂らして塗装した外壁は殆ど交換が必要だ。もらい火事は賠償の対象にならない。何よりあの苦労が水の泡となり暫く立ち上がれないかも....
鎮火して夜が明けて直ぐに1番気持ちを分かってくれそうな人に電話をした。
雄勝町の漁師の中村さん。
楽しそうにゲラゲラ笑ってくれて、一言、「とりあえず笑っとけ!」
津波で全部流された人の言葉のなんと説得力のあることよ。
もう笑うしかない。

●管理人(023) 題名:こっちも被災者 投稿日 : 2011年10月5日<水>00時27分
台風15号の後始末が終わらない。
町内140軒中90軒の屋根が被害に遭っている。我が家は無傷のはずだったが、隣家の屋根がごっそり飛んできて直撃し、瓦はあちこち壊れ、網戸は殆ど穴が開き、窓ガラスも雨戸も外壁もやられた。一番うっとうしいのは飛んできた細切れになった防水シートや発砲スチロールの破片や釘だ。拾っても拾っても際限が無い。ハイエースにゴミを満載して2度もゴミ処理場に捨てに行ったが未だ終わらない。
修理となると更に気が遠くなる。地元の業者はどこも大忙しで、瓦屋さんは年内は無理と言っているし、大工も数ヶ月は来ないだろう。見積もりさえも難しい。静岡県外の業者もたくさん来ているのだそうだ。
台風翌日に1本だけ見舞いの電話をもらった。石巻雄勝町の漁師さんからだった。
被害を嘆くと、「おーそうか、ガムテープ貼っとけ!」と元気な声。
確かに家も仕事場も身内も流されちゃった人達から見れば被害のうちに入らないな。
中村さんありがとう!

●管理人(153) 題名:雄勝の夏 投稿日 : 2011年9月8日<木>01時32分
遅い夏休みを利用して以前軽トラックを寄付してくれた友人と雄勝入りした。
4月初旬に初めて来た時から、親しくなった漁師の中村さんからは物は持ってこなくて良いと言われてきた。今回も「暖かいうちに遊びに来い」と言われていたのでそんな気持ちで足を運んだ。
仕事の無い日曜日、中村さんと3人で銀鮭釣りを競い合った。
前回石巻の居酒屋でご馳走になったので、今回は絶対ご馳走するつもりだったのに中村さんも中村さんの友人であり同じく被災している居酒屋の店主もそれを許してくれなかった。
顔の見えない大きなボランティア団体と違って個人だからなのか、有り難いことに名前も覚えてもらっていて仕事も漁師さん達と一緒だ。
「マセ君フォークリフト持って来て」なんて言われて乗ったことも無いくせに「はいっ」なんて答えて人生初経験させてもらったりもした。
あまり会話をしたことが無い年配の漁師さんから「マセ君、どうしてボランティアには可愛い女の子が来ないのかねえ」なんて話しかけられて爆笑させられたり。いつもながらに心温まる雄勝だった。
でも良いニュースばかりでもない。
3千数百人いた雄勝の人口は900人まで減っている。
夜の雄勝は人の住む気配が感じられずゴーストタウンの様だ。
強い結束を誇った部落も人々のベクトルがずれ始め、今まで聞こえにくかった不安や不満も聞こえたりする。ある方によれば、ガレキに埋もれていた震災直後よりも綺麗になった今の方が状況は酷いのだそうだ。
物理的表面的復興の裏で重い重い課題が横たわっている。
そんな事とは無関係に、天の川の見える廃墟の夜空は素晴らしく美しかった。

●毒(022) 題名:なぜ報道しないのか 投稿日 : 2011年7月24日<日>03時17分
サッカーで優勝した「なでしこジャパン」の澤選手がいいコメントをしていた。にも関わらず、メディアは報じていない。
震災報道自粛、放射能汚染放送自粛、そうとう厳しく行われているのかもしれない。言論の自由って、なかったんだね。 じゃぱん。
以下 澤選手のコメント
「我々のしていることは、ただサッカーをするだけではないことを、意識してきた。
我々が勝つことにより、何かを失った人、誰かを失った人、怪我をした人、傷ついた人、彼らの気持ちが一瞬でも楽になってくれたら、私達は真に特別な事を成し遂げた事になる。
こんな辛い時期だからこそ、みんなに少しでも元気や喜びを与える事が出来たら、それこそが我々の成功となる。
日本は困難に立ち向かい、多くの人々の生活は困窮している。
我々は、それ自体を変えることは出来ないものの、日本は今復興を頑張っているのだから、そんな日本の代表として、復興を決して諦めない気持ちをプレイで見せたかった。
今日、我々にとってはまさに夢のようで有り、我々の国が我々と一緒に喜んでくれるとしたら幸いです」

●管理人(275) 題名:スズメ蜂 投稿日 : 2011年7月24日<日>00時34分
玄関脇の山桃の木に出来た直径30cmくらいのスズメ蜂の巣を退治した。
刺されて死んじゃう人も少なくないようなので、
夏なのに冬用のバイク装備でフルフェイスヘルメット被って
一気に枝ごとばっさり。
静かに草の上に落ちたので数匹しか巣から出てこない。
しかも状況を飲み込めていない様子。その間にレジ袋にそっと封じ込めてしまった。
直後に怒って飛び出してきた蜂達。
蜂酒を作ろうか、蜂の蜜漬けを作ろうか、ちょっと考えることにして
念のため袋を2重にしてクーラーボックスに保管すること1日。
ネットで調べると結構高い値段するんですね。
翌日そーっと蓋を薄く開けると、いましたいました、袋の外に。
さすがに獰猛なスズメバチ。ビニール袋なんかじゃ駄目でしたね。
と言うわけで蜂利用計画は頓挫。逃がすにしても蓋を開ける勇気がいるし。どうしよう...

●毒(166) 題名:実際のこころ 投稿日 : 2011年7月17日<日>06時19分
こないだ中里さんから、いろんな話を聞いた。
「津波で死んだってひと言でいっても、その短い時間には、いろんな想いがつまっていたはずだ。」
倒れながら、子供の手をつかんで泥に埋まってしまった親子。
そんな話も珍しくないという。
大川小学校で子供をなくしたお父さんは、今も暑い中、我が子を探して重機で堀り続けているという。やはり、わかっているようで、わかってなんかいなかった。現地に行っている俺もそんなものだ。
TVでみているだけでは、そんな事は伝わらないんだろう。
九州の友人は、ずいぶん普通な感じにみんななっちゃったよ。って言っている。でも、同じ島に住むものとして、やっぱ今は想う時な気がする。
やっぱこんな番組があっていいのかも。
youtube.co m/watch?v=MVKWtxXtZ3E&feature=related
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Res:管理人(217) 投稿日 : 2011年7月18日<月>21時46分
被災当事者かどうか、身内を亡くしたか、地縁があるか、ご遺体を目撃したか、被災地を見たか、被災者と触れたか。皆立場が違うから受け止め方も様々でしょうね。僕も毒サンから電話が無かったら多分九州の人と同じだったと思います。
小さいようで大きな日本ですし、皆粛々とそれぞれの人生を歩んでいますからベクトルを合わせるのは難しいのでしょうね。
最初に支援に行ったときに大川小学校の脇でご遺体も目撃しましたが、そこには悲しい音楽もニュースのナレーションも無く、ただ目の前に死体があるだけでした。警察や自衛隊は黙々と捜索し、僕も自分の仕事を淡々とこなすだけでした。特に何の感情も沸いてこず、自分は冷酷なのだろうかと一瞬脳裏を過ぎった記憶があります。
今メディアを見て感傷に浸れるのは、心に余裕が出てきたのか、復興に向けて進み始めたのか、そんな風に感じます。

●毒(924) 題名:SPEEDI 投稿日 : 2011年7月16日<土>14時25分
雄勝もきになるが、福島のことがとても気になる。
本来戦争が起こっても、他国に救援にいきたいなどと、考えたこともなかったが。
やはり、泌尿器科の研修を白河で1年やったからだろうか。
ついつい、知らんプリ はできなくなってしまう。
福島の◎田医師は、東北大学の工学部で原子力を研究し、その危険性を知れば知るほど、人類が使うべきエネルギーではないと判断し、医師になる決断をした。
 工学部時代には、同じ下宿にあの脱原発を訴える小出助教授もいたそうだ。
彼は僕の五年先輩で、気さくに話してくれた。
今福島で生活するためには、放射能がどちらへ拡散しているのかを、きちんと知る必要がある。
本来なら、国が SPEEDI という何十億円もかけてつくった放射能予報システムがあるのに、リアルタイムでそれを公表しようとはしていない。
◎田医師も、文部科学省にメールをして訴えて欲しいと願っていた。
「医師の五十嵐ともうします。
今でも福島では放射線が拡散し続けています。
今後長期にわたって起こる可能性のある健康被害を少しでも減らす努力をしましょう。
特に、子供の生命、未来を守るのが、国の使命であり、任務です。
放射線が日々どのように拡散しているかがわかれば、生活の基準になります。わからないで怯えているよりは、正確な情報を伝えるのが大切だと思います。
健康被害が積み重なったとき、なぜ国はあの時…と言われたくないものです。
国は我々国民が作っているものです。
いまこそ「国民の生命、財産を守るべき」という憲法の根幹を見つめなおしたいものです。
国が持っているSPEEDI 放射能拡散予測システムを是非、一般国民に公開してください。国はどこまでも、信じていたいものです。
五十嵐 」

●毒(812) 題名:石井 GM 投稿日 : 2011年7月15日<金>21時10分
そうかあ、確かに村社会なんだね。
すりあわせで、決まっていくかんじかあ。
ドイツで自分の敷地の5m以内は、草を刈る義務を書いた法律があると聞いた。合理的とは言え、なんだかなあって感じた。でも、今はその合理主義にも感じ入る部分がある。でも、僕ら日本人は、沖縄問題もうまく処理してこなかった。
ここで福島ヒバク問題を解決しなければ、さらなる60年遺恨を残すことになる。やっぱ、UFO呼ぼうかなあ。「強力なものにしか、成し遂げられない気がする。」そう感じるのって、寂しいことだ。でも、事実だ。
TVに流され、ゲームに流されてきたら、それもしゃあないか。
あっ、いたいた。強い力…大魔神様だ。

●管理人(238) 題名:村社会の国 投稿日 : 2011年7月15日<金>00時43分
「嫌がりません、漏れていても」ですか。いやいや確かに節電にしても「欲しがりません、勝つまでは」って言う日本人得意の精神論でお茶を濁すメディアの風潮もありますね。直接的アプローチが好まれず、婉曲的な表現の好きな日本文化を象徴するかのようですね。
隣の家の晩御飯のおかずまで分かる日本の田舎の村社会。是非は別として、そこには理屈を越えて流れる歴史的な空気がある。だから村社会には都会の人からすれば信じられないような理不尽な暗黙の掟があることがある。しかし小さな村の中ではそれによって誰を傷つけることなく皆が平和に暮らしてきた。小さな村レベルではそれも良しだろう。「どうも、どうも、いやどうも、その節は又なにぶん宜しくまたどうも」なんて高田渉の歌に出てくるような意味の曖昧な会話が成り立つ世界だ。
それが国レベル、行政レベル、財界レベルまで浸透しているのが日本という国だろう。国民の常識や科学よりも「村の掟」が幅を利かせる。政財界とガッチリ繋がる原子力村に村外の国民の理屈など通じるはずもあるまい。
一方で馴れ合いとは無縁な、個々人の集合体であるドイツでは合理的理屈こそが正義とされる。だから日本の村社会に不可欠な根回しなどは全く不要だ。
高田渡の歌は通用しない。黒と白は混ざって灰色にはならないのだ。
この差が3.11後の両国の政策の違いとスピード感の違いだと言えよう。
ドイツのある村で長く過ごしたことがある。観光だったら良いところしか目に付かないのだろうが、実際に住んでみると実に息苦しい。日本の村社会の煩わしさは皆無だが、あらゆる法律に、合理的社会に、絶えず見張られている。
方や日本の村では、一旦村に溶け込んでしまえば実に居心地が良い。何か問題が起これば村が守ってくれる。
だから一概に日本が良い、ドイツが良い、と言うことはできない。日本には日本の、ドイツにはドイツの良さがある。
ただ、今回の原子力事故の件で言えることは、国や行政が村の延長では時間が間に合わないと言うことだ。根回し、酒の酌み交わしに何十年かかるのだろうか。原子力村と国民が小競り合いする横で、被災者の生活はしぼんでゆく。村社会の延長の日本という国は今の時代は機能しない。
時々思う。戦後の日本を一刀両断したマッカーサーの様な独断的圧力が今欲しいと。
それが出来るのは菅でなければ誰なのか、民主党でなければ自民党なのか。
恐らくどれも駄目だろう。もっと根源的な問題が存在するのだと思っている。
海外を経験した人なら気付く人も多いだろう。外国人は議論好きが多いと。若者でも下らない話をしていたかと思うと、政治、時事問題も話題に上がる。学校でもディベートの授業があったりする。そうして大人になって行く。
その横でお笑いのネタで盛り上がる日本人の若者達に寂しさを覚える人は僕だけではないだろう。思考し議論して自我を形成させる経験が日本人は絶対的に貧しい。
自分で考える能力が低いとプロパガンダに流される可能性が高くなる。
だから日本人というのは「日本村」にとって実にコントロールし易い存在だったのだと思う。
昔、大学生の時に中国を旅したことがある。列車の中で中国人達と漢字の筆談で会話をした。ある男が「君は資本主義と社会主義、どちらが良いと思うか?」と問うてきた。
僕が資本主義と答えると、彼等は社会主義、と返した。
日本では殆どの人が自分と同じ答えをすると思うが、そうではない世界があることに驚いた。
考えてみれば日本もつい60数年前まで軍国主義だったのに今は皆が民主主義を信じて疑わない。つまりイデオロギーと言うものは、それほど廻りの環境に感化され易く、移ろいやすいものなのだ。
今、日本や欧米の多くの人が崇拝している民主主義或いは社会民主主義だって、我々が思うほど絶対的な価値は無いのだと思う。近い将来に違うイデオロギーが主流になっていても僕は驚きはしない。
ときに、民主主義や資本主義は歴史の中で偉大な活躍をしたと思う。例えばアメリカの独立に、科学技術の発展に。一方で社会主義も例えばキューバ革命では独裁からの開放に貢献し今も根強い人気を誇っている。
全てのイデオロギーは生命のごとく活躍する時期、条件を持っているのだろう。
民主主義が最も活躍する条件は、政治の混迷期かつ民度が高いことであろう。
はて今の日本はどうかと言えば、マスコミに扇動される国民とそのポピュリズムに踊る政治家達。タレントやスポーツ選手が知名度で国会議員に選ばれる始末。明らかに民度が低すぎるのだ。
民主主義は多数決で物事が決まるから、どんな理由で選ばれようと一議席は一議席。それが国を左右することになる。ポピュリズムというゲームで国が動くのだ。
だから民度の低さと民主主義の組合わせは危ういのだ。
戦後にアメリカから押し付けられた日本の自由民主主義はそろそろその役目を終える頃なのかもしれないと思っている。
原発事故がもたらした唯一の救いと言うべきか希望は、政治の混迷に多くの人が影響を受けて危機感を持ち始めたことだ。そしてプロパガンダを鵜呑みにせず物事を自分の頭で考えようとする人が増え、やがては民度の向上に繋がるのかもしれない。そうすればこの国の民主主義にもまだ望みがあるだろう。
そうでないのならUFOでも誰でも良いから強い圧力でこの国を斬って欲しいと思う。
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Res:毒(446) 題名:救世主 投稿日 : 2011年7月17日<日>04時44分
「いっそ強い力で引っ張っていってくれ。」そこには良い部分と悪い部分が混在している。
UFOでも大魔神でも、独裁者でも忌野清志郎でも、そのものが善意で動いていれば民衆は幸せになれる。
かつて歴史上には、たくさんの名君がいた。
…そう書きながら、まったく名君が浮かんでこない俺は、共通一次で政経倫社という安易な道を進んでいたことを思いだした。
 歴史に学ぶ前に、歴史を学ぶべきだった。ガクっ。
 まあ、それはスゴすぎる現在史を学ぶとして、名君の登場を期待したくなるものだ。
 でも、もし、救世主と思われたヤカラが「金ゴン=経済至上主義のバケ物ども」の一味だったら、目もあてられない。
 だからプロパガンダされた人間が、民主主義をしてしまってもしょうがない気がする。
 1:民主主義をやめて、本気で考えれる人間が引っ張っていくか、
 2:教育を立て直し、自分の考えを持つひとを増やすか、
どっちからの選択になるんだろうか。ヒットラーやムッソリーニは攻められるべきだが、チェゲバラは心意気のある人だ。
  管理人さん、日本を見捨てないで〜って言いたいけど、やっぱそんな気にもなるわな。


●毒(894) 題名:神風がきっと吹くから、いやがりません、漏れていても 投稿日 : 2011年7月14日<木>03時31分
かつてフラワームーヴメントってのがあった。ヒッピーってのがいた。自分の幸せを求めるために、みんなの Love & Peace を求めた人々がいた。
「みんな幸せになっていいんだ 人に迷惑さえ、かけなければね。
 ビートルズが教えてくれた。ビートールズがあ」
          (吉田 拓郎 ビートルズが教えてくれた より)
 自分達の利権のために、今までやってきたお金儲けシステムを継続するために、
「まだまだしっかりやれば安全です。 このままでは経済が大変なことになる。 温暖化が進んじゃうってえの!」
 そう言い逃れている原子力村の政治屋、飼いならされたテレビ、原子力マフィア達の言い分には、あきれる限りだ。
 毎日新聞、朝日新聞(テレ朝)はまだまだ頑張っているけどね。 プロパガンダしている、読売、産経にはあきれる限りだ。 複数新聞を見比べて、嫌になっちゃうよ。
 小出教授と同じ下宿にいた工学部の◎田という人が、原子力の恐ろしさに気づき、医学部に入り直し、医者になった。それから原子力とは決別した。
しかし勤務したのは、福島第一原発から32kmの病院だった。
そして、3.11
福島の32km圏内で被爆し、一時は僕のつとめる病院にやってきた。
それは、勤務していた病院の人間がみんな避難したからだ。
 しかし、震災後4ヶ月がたって、またその病院に戻ることになった。
 それは、32km圏内にある病院に、患者さんがかなり(80%近く)戻ってしまっているからだ。
 戻る理由は、避難しているお金がなくなったから。 30km圏内は保証されるが、その外は保証圏外だ。 放射能にしきい値はない。 どこからが安全っていう論理はない。おまけに国がひいた避難区域はめちゃくちゃ狭い。 それは安全かどうかなんて問題じゃない。 このぐらいの圏内にしておかないと、大騒ぎになるから、みたいなお粗末な姿勢だ。 でも、30km内にいない人は、自腹で避難している。 そして、仕事もないから、お金がなくなり、また危険な場所に戻らざる負えない。 
 ある日、マスクもしないで病院の入り口をほうきではいている若い女性職員をみて、◎田医師は「なんともいえぬ」感情が湧き上がってきたという。 まだまだ子孫を残していくべき彼女らに、内部被爆をさせてはイケナイ。 そう強く感じたという。
 内部被爆の危険性を訴えるためにも、福島に戻る決意をして僕のいる病院を去っていった。
 「放射能に赤い色がついていれば、日本中怖がってくれるんですけどね。」 「いわき市街の風景を写真にとっても、なにも変わっていないんですよ。放射能があることを除けば」 「みんな福島で生きて行くために、敢えて内部被爆のことに鈍感になっているのかもしれません」
 そんなさまざまな厳しい福島の人々の状況を、TVは全く伝えようとしない。いや、むしろ隠している。
  最近なんかキナ臭い。「神風が吹くから、絶対日本は負けません」
 そういって、大東亜戦争に飛び込んでいった軍部のプロパガンダを彷彿させる。「最後は神風が吹くから、原子力は安全です。」
 おかしいものには、おかしい。 そう堂々と言える世の中にしてえなあ。 「えっ!  どうなんでえ、社長っ !」 タイマーズの忌野清志郎 叫びが今聞きたい いや…、おれが叫ぼう。
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Res:毒(265) 題名:海から眺める船越の山 投稿日 : 2011年7月14日<木>03時37分
あっ、オガツへの外国旅行の話はまた書きます。
中里さんに乗せてもらって、沖から空や船越の山々をみたよ。
ここに生きていたい、そんな風に感じる気持ちがよくわかった。
パライーソ だもの、あそこは。また、書きます。

●管理人(764) 題名:黒い影 投稿日 : 2011年7月9日<土>23時29分
一昨日の夜、静岡の自宅近くの田舎道を車で飛ばしていた時のこと。
雨に打たれるフロントガラスの向こうに巨大な黒い影。
直前に正体に気付き、心臓が凍った。
避ける余裕が無かったので影をまたぐ様に慌ててハンドルを切る。
車体下部にぶつからない事を祈りながら。
影の正体はカメ。
横断中のカメの頭から後ろ足までは道幅の半分近くあった。
福島の事故の後だけに、ガメラ復活か?!
と思わせるくらい巨大だった。
もともとこの辺りは自転車やバイクで当たったらヤバイくらい
大きなカメやカエルを時々目にする。
でも今回は車でもヤバそうな大きさだった。
水爆実験で目覚めてしまった太古のカメとトカゲ、
それがガメラとゴジラ。
ガメラも被爆しているけれど、放射能をエネルギーとして臨界の青い炎を吐くゴジラよりは安全な生物だろう。
浜岡も近いだけに道で大きなトカゲを見たら要注意だ。

●毒(958) 題名:海の幸 vs 山の幸 投稿日 : 2011年7月2日<土>05時59分
オガツ de フェスタ
雄勝祭にいけなくて残念です。
復興のパッションを現場から伝えてくれれば、と感じています。
でも、海産物は食い尽くさないでください。
翌週に、雄勝祭りの後夜祭を行うべく向かいます。
企画は、対決「海の幸 vs 山の幸」です。
秋田の大館で山に囲まれ育った私が、船越の清水さんと中里さんの舌に挑戦 !
「きりたんぽ」のさらに地元版、「だまっこ」で攻め入ります。
山の幸の素晴らしさが伝えられればと企んでいます。
でも、でも、くれぐれも、
海の幸は食い尽くさないでください。
せめて私がいくまでは…。
でも、祭りのあと 
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Res:管理人(587) 投稿日 : 2011年7月9日<土>18時59分
今頃雄勝で旨い酒飲んでる頃でしょうか?
雄勝後夜祭の話、楽しみにしています。

●管理人(446) 題名:TBS朝ズバ 雄勝特集 投稿日 : 2011年6月28日<火>18時30分
明日29日、TBS朝ズバ5:30〜 
にて雄勝町船越地区の漁業再生特集が放映されます。
私の雄勝レポートの中に出てくる「ザ避難民」ことリーダーの中里さん出演します。
船越の方々の人柄、情熱が垣間見れるかと思います。
支援して頂いた、興味を持って頂いた皆様には是非ご覧いただきたく。
電気水道が復旧し、津波を被った船越小学校が支援者の宿泊施設として整えられた
のでいつでも何人でも受け入れOKです。シャワーもあります。
興味を持たれましたら連絡下さい。

●管理人(131) 題名:雄勝祭 投稿日 : 2011年6月25日<土>15時08分
来週末、7/2(日)に雄勝町で雄勝祭という復興に向けた祭りが開催されます。
美味しい海産物が並ぶそうです。
私も少し前に現地入りします。
被災地で何かしたい、祭りを見てみたい、漁師さんたちと酒を飲みたい、動機は何でも構いませんが応援する切っ掛けを探していて興味のある方は連絡を。
寝床なども含めコーディネートできると思います。
雄勝は全て流されて片付ける家も殆どありませんし、報道されている状況とはギャップがあるかもしれません。
町は小さく、ボランティアも殆ど居ない。物は何も無いけれど温かく熱い情熱を持った漁師さんたちとの顔の見える交流があるでしょう。
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Res:管理人(944) 投稿日 : 2011年6月26日<日>22時29分
トウリョウ!もう何年ぶりでしょう。楽しみにしています!そうですね2日は土曜でした。2日の10時から旧雄勝総合庁舎(今は廃墟)で開催されます。今回は雄勝町の産物のみが並ぶそうです。寝床確保しますから日程決まったら教えて下さい。
Res:とーりょー(185) 題名:参加希望 投稿日 : 2011年6月26日<日>11時59分
2日は土曜日です。短期ですが、調整してみます。

●管理人(215) 題名:カレーの国で 投稿日 : 2011年6月24日<金>23時36分
ここバンガロールは標高900mの高原でいつもながらに快適な気候だ。湿度も高くない。激しい排ガスと混沌としたインド人の風景さえなければきっと良いところだろう。
いつもながらにインドではことが思うように進むためしがない。
気力と体力と忍耐と諦め、これらが絶対に必要になる。
南米でも混沌とした状況で如何ともし難いように思える状況に当たることもあるが、
南米では何とかなら無くても人は明るく楽しいし、まあ良いか、と思えちゃうところがある。しかも本当にピンチになると何とかなってしまうのが南米だ。
しかしインドではどうにもならない場合はどうにもならないことが殆どだ。
人は真面目で親切だし彼らを責める気にはなれない。ただそういう土地なのだ。
だから中国のようなストレスとは違う。それくらいが救いだろうか。
ちょっと疲れたので愚痴がでてしまった...
カレー以外のものが食べたい.....

●管理人(696) 題名:魚の運命 投稿日 : 2011年6月17日<金>19時14分
釣り好きな人の話。
浜岡原発の温排水を利用して御前崎ではある珍しい魚の養殖をしているのだそうな。
しかし原発止まって逝く魚達。
一方で海への排水は海水より7℃高いため、天然の死滅回遊魚が死滅も回遊もせずに居座っているのだとか。こちらも死滅の運命か。
原発に翻弄された魚達に合掌。

●管理人(617) 題名:【感謝】支援物資 投稿日 : 2011年6月10日<金>14時43分
軽トラ、複数台の支援申し出を頂きましたので一先ず終了します。
ありがとうございました。
船外機は引き続き大歓迎です。


●管理人(505) 題名:【求】支援物資 投稿日 : 2011年6月7日<火>23時21分
どなたか軽トラック又はトラックを無償又は格安で譲って頂ける、或いは無償長期レンタルして頂ける方ご存知ないでしょうか?
私が支援している雄勝町のなかで、特に世話になっている船越地区の港湾復興作業で必要とされています。
雄勝町は石巻市の一部ですが元々財政難で合併した経緯もあり、石巻市街とは行政復興支援の温度差が顕著に見られます。一般支援も同様で、報道では石巻に多くのボランティアが入っていますが、それは旧石巻市の話で、雄勝町には連休でさえも殆ど誰もいないのが実情です。中途半端に1階だけ浸水したような家は無く、町がほぼ全て流された状態なので、石巻のように一般ボランティアが必要とされる仕事が少ないのも事実ではありますが。
地理的にも石巻から40km 、山1つ隔てており忘れ去られた陸の孤島の感があります。
電気こそ復旧しましたが、水道は無く、店も病院もなくなり、村人は食料や薬の調達のために石巻まで往復2時間かけて生活しています。
仮設住宅が完成しつつありますが、漁業が壊滅した町には仕事も皆無なので石巻や仙台などへの住民流出が続いています。
4月はじめに400人居た雄勝最大の避難所、大須小学校では60人まで減って居ました。
そんな中、船越地区では有志の漁師さんたちが漁業、養殖業復活のために港湾施設復旧作業に取り組んでいます。元々150世帯350人住んでいた地区ですが、今現在住んでいるのは6世帯のみ。それでも遠く仙台から毎日作業に来る漁師さんも居て30人前後が働いています。最近まで無償で働いていましたが、今月は漁協から日当1万2千円が出ています。しかしそれも間もなく無くなります。
都会でアルバイトをして金を稼ぐ選択肢を我慢し、船越地区復興の夢を追う人達がいます。非常に謙虚で普段はどんな支援も欲しがらない彼らからポロッと申し訳なさそうに出た願いがトラックでした。どんなに古くてボロくても構いません。情報をお寄せ頂けたら幸いです。余談ですが、やはり本人達の口からは出て来ないでしょうが次に必要とされる物は間違いなく船外機でしょう。20〜25馬力の船外機です。
雄勝には4月に1週間ちょっと居ただけでしたが、今回の訪問では町のあちこちで再会を喜ぶ大歓迎を受けました。避難所だった清水宅は無人になっていましたが、私のために家を開けておいて下さり、食卓には刺身やおでんやら大御馳走が、そして私が連れて行った友人のための布団まで用意されていました。
 ある日は作業を終えて石巻に帰ろうとする漁師の中村さんを「一緒に泊まっていって」と私が引き止めると、「なんで俺がボランティアにボランティアしなきゃなんねえんだ」と笑顔で不満を言いつつ午後3時から酒盛りが始まりました。
 別の日には我々をねぎらう為に清水夫妻も久々に自宅に泊まって下さり、大宴会となりました。村人が居なくなった廃墟に響く久し振りの笑い声だったのだと思います。

●管理人(218) 題名:ユッケ 投稿日 : 2011年6月7日<火>11時53分
健康診断の結果が来た。うひゃー要精密検査のオンパレード...。
受診した時も含めて1ヶ月以上かなり調子が悪かった。
そう言えば高熱の出る2日前にユッケを喰っていたからなのか。
話題の店だったのかは知らないが。
ともあれ嫌だなあ、痛そうだなあ、内視鏡検査。
そんな歳になっちゃったのかなあ。

●管理人(837) 題名:雄勝再訪 投稿日 : 2011年5月31日<火>11時10分
明日から再び雄勝町に行く。
物や金や地位は求めても求めても際限がなく、充足感は逃げて行くばかりだ。
一方被災地は無味乾燥した都会には無い輝きを放っている。
生きるために必要とし必要とされるという単純明快で真剣な魂に触れる場がある。
人は儚く崩れそうな不安定さの中に美しさを感じ魅せられるのだと思う。
例えば冬山登山。生きていることが当たり前ではない極限の状態に充足感と美しさを感じる。
雄勝の空気もそれに少し似ている。彼らが無事下山し、厳しくも美しかった山を懐かしく思える日が来て欲しい。

●管理人(848) 題名:スウェーデン 投稿日 : 2011年5月16日<月>19時30分
チェルノブイリ事故の影響を強く受けたヨーロッパでは何が起きていたのだろうかと気になって調べていたらスウェーデンに在住している方の興味深いブログに出会った。農地の除染方法、セシウムを除染する料理法、放射線の基準値と人体への影響など具体的だ。スウェーデンが如何に真剣に迅速に対応していたかが見える。
//blog.goo.ne.jp/yoshi_swe/m/201104
 どうしてこうした情報が2ヶ月経っても日本の公的機関から聞こえてこないのだろうか。日本はいつまで経ってももやもやとはっきりしない。例えば食品衛生法の放射線暫定基準値などという後で何とでも責任を逃れられそうな基準が最たるものだ。
基準を超えても「出荷自粛要請」と及び腰だ。要するに危ないのは明白だけど出荷してもしなくても、生産者に対しても消費者に対しても責任は取りたくないという意志が垣間見える。
 基準値にしても例えば食品の多くがスウェーデンでセシウム基準300Bq/kgに対し日本は500。水や乳製品に至っては比較するのがばかばかしいくらいに震災後の日本は緩い。
しかしそれさえもクリアできるか綱渡りの危険な日本の食糧事情。
もはや基準の妥当性を議論するのも滑稽になってしまったのかもしれない。
危険なのは分かる。しかし基準値を超えたら子供の発ガンリスクが何%を超えるのか。東日本で食生活を続けるとどれだけ寿命が短くなるのか。そんなことは誰にも分かりはしない。歴史だけが教えてくれる。日本人は歴史の上にいるモルモットみたいなものだろう。
 そんな中でも冷静沈着な日本人を誇りに思う。一方で心配にもなる。
南米エッセイの中でも書いたように、日本人は自分の頭で考えることが苦手だ。
国や企業、マスコミの言う「安全」を鵜呑みにしてはいないだろうか。
自分の頭で考えてもどうにもならないものはどうにもならないが、少なくとも裏切られた時に悔しがらなくてすむ。自分の行動にも責任が持てるというものだ。
そもそも国や企業は生き物ではないから情などというものは無い。そこには冷酷なルールと経済原理が横たわっているだけだ。残念ながら資本主義の世の中では人の命さえも金で計算されてしまう。そんな無機質なものを信頼するのは無駄というものだ。
今こそ自分の頭で考え、家族や友人を信頼したい。

●管理人(093) 題名:お茶 投稿日 : 2011年5月15日<日>00時31分
お茶の季節。お茶工場の横を通るときのあの甘い豊かな匂い。辺り一面のお茶畑の中を毎日のように自転車で走った青春の記憶。
そのお茶に暗いニュースが続いている。
御前崎のお茶から1kgあたり82.9ベクレルの放射性セシウムが検出された。
国の暫定基準値の500Bq/kgより低いから安全だと言うが、
過去10年間の最大値が0.19Bq/kgだというのだから436倍。
何を持って安全と言えるのだろうか。
一方で実家のある神奈川西部では小田原のお茶から基準値越えの780Bq/kgがでた。
こちらは出荷自粛だ。
震災前に比べて大気中の放射線量が多少上がったとは言え、自分の地元と言える静岡や神奈川は大丈夫なのだ、と自分に言い聞かせてきた。それだけに脱力感というか無力感を味わっている。
セシウム137の半減期は30年だから60年経っても25%残る。
もっと気がかりなのはプルトニウムだ。東電は例え漏れていても重いから拡散していないと言うが誰が信じられよう。チェルノブイリのとき8000km離れた日本で観測されたという論文もあるのだから高々福島から300km、450kmしか離れていない神奈川や静岡まで拡散していてももう驚きはしない。
プルトニウム239の半減期は2万4千年。人類滅亡してもまだまだ元気に残るだろう。
死んで墓に入ってからも骨壷の中から自分は放射線を出し続けることになる。
大地に降り注いだ放射線を意識しながら一生暮らさなくてはならない。
故郷はもう昔の故郷には戻らない現実がなかなか飲み込めない。
25年前のチェルノブイリの影響で、今も北欧産のトナカイ肉などからは高濃度のセシウムが検出されると言う。雨の多いスコットランドは大地への蓄積量が大きく、友人の母親は未だにスコットランド産の肉を買わないそうだ。たくさんの牧畜の村がスコットランドから消えたらしい。そしてまた福島の灰は10日後にイギリスに降った。次は何処でどんな悲劇が待っているのだろうか。
南米のエッセイの中で僕は人間に代わる次の百獣の王は放射線が無くては生きていけない生物かもしれない、と書いた。愚かな人間社会への風刺と半分は冗談で書いたのだが、もしかしたら現実のものになるかもしれないと半分は本気で思っている。

●毒(バイク仲間)(085) 題名:ひらめき light 投稿日 : 2011年4月21日<木>04時01分
 なぜか、雄勝町だった。理由は自分でもわからなかった。
 石巻赤十字の災害医療本部に出入りしている時、ものすごく情報が少なく、手薄なエリア12、雄勝町のことがやけに気になった。ここにいかなきゃならない気がした。自分でも準備を始めてた。
 そんな時、マセちゃんと「東北へ災害支援にいくんだけど、どこが必要とされていますかね…。」そんな会話をした。
「マセちゃん、雄勝いってくれない ?!」僕はそう口走ってしまった。ずいぶん、無責任なお願いをしてしまったものだ。
なぜか、マセちゃんだった。なぜか、雄勝だった。そこに理由などなかった。
そして今となっては、理由などどうでもいいくらいの現実が、この「雄勝レポート」にある。
 「マセはよう、来てくれて本当に嬉しかった。でも物を持ってきてくれなくても、何かをしてくれなくてもいいんだ。ただ、俺たちのところにきて、俺たちの話に耳を傾けてくれて、消防車の中で俺の話相手になってくれただけで本当に嬉しかったんだ。…」
 マセちゃん、本当にありがとう。是非、髭そって黒い服を着てちょうだいね。
 俺も結婚式にはぜってえ行くからな。あっ、迷惑なら二次会だけでも…。
 いつしか復興しはじめた雄勝町を訪れる時には、お供させてください。
 聴診器もって、キジと一緒に、ワン、ワン、ついていきます。
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Res:管理人(541) 投稿日 : 2011年4月23日<土>00時02分
キジの代わりに白衣の天使でお願いしますよ。
ドクターも自分の体壊さないよう程々に。
余裕ができたら雄勝の高級ワカメ食べに行きましょ。

●管理人(095) 題名:雄勝町レポート 投稿日 : 2011年4月17日<日>23時54分
石巻と南三陸の中間にある雄勝町に1週間ちょっと滞在してきました。
生き残った家は非常に少なく、戦場のような想像を絶する世界でした。
”雄勝町の惨劇や津波の恐ろしさを知らない人に伝えるのがマセの仕事”
と現地で知り合い、世話になった漁師さんから命を受けているので、
近日写真入りのレポートをHP上にアップします。
アップしたらここで報告します。目次から入って下さい。
http://www.takashi-mase.com/
アップしました。写真にマウスオーバーで説明、クリックで拡大写真が見れます。

●管理人(800) 題名:ビンゴ! 投稿日 : 2011年3月20日<日>10時50分
史上最悪のチェルノブイリが半径30km強制移住だったから原発30km以内というのが居住環境としてはグレーゾーンに入るのだろうか。福島の避難指示も30km。じゃあウチはどのくらいだろうかと浜岡原発から車のメーターで測ってみた。30kmちょいかなあと思っていたらビックリ21km。しかも海は近いし川も近い。3拍子揃ってビンゴ!東海地震の時は潔く諦めよう。
 しかしアメリカ大使館は80km以上離れろと言っているから浜岡で大事故なら浜松も遠州地方全滅ですね。その時には風に乗って関東も全滅でしょうけど。
 日本に原発は50基以上あるそうだし、風の影響も考えると安全な地域を探す方が難しいのかな。
 原発の安全性に関しては意見の分かれるところだけれど、私の意見は否。人間の作ったものに100%は有り得ない。どんなに丈夫なオートバイだって必ずいつか壊れる。永年にわたる様々な予測、想定をすることは天才エンジニアでも不可能だ。原発もしかり。だからリスクを想定に入れながら恩恵に授かるのが正しい科学技術との付き合い方だと思う。
 だから絶対安全と謳いながら都会から離れた地域に原発を作る日本の原発政策は潔が悪いと思う。危険は人口の少ない田舎に押し付けます、って正直に言ってくれればこちらもすっきりする。或いは絶対安全なのだから、と言って電力消費地である大都市の真ん中に原発が存在するドイツ流も大胆ではあるけれど筋が通っている。次の原発建設地は東京のお台場 なんてことになれば政府も東電も天晴れだ。

●管理人(826) 題名:もどかしい 投稿日 : 2011年3月14日<月>14時50分
ちょっとした戦争の痕の様な恐ろしい災害ですね。
静岡では何も不自由しなかったのに実家の神奈川に来ると先ず困ったのは燃料が手に入らないこと。何処のスタンドもホームセンターも品切れ。それは未だよいが、東に行けば行くほどライフラインに影響が出ているらしい。
自由業だし重機を運転できるからボランティアに行きたいところだが一般人は呼ばれていないみたいだ。阪神大震災の時も思ったのだが、ボランティアという立場は微妙だ。特殊技能を持つプロは別として、一般人は足手まといになりかねない。被災者を万全の体制で受け入れられる地域に出すのが一番効率良いのかなとも思う。ともあれ、何も出来ずに目の前の光景を見るのは辛いですね。

●管理人(720) 題名:宇宙人 投稿日 : 2011年2月25日<金>01時25分
終に垣根完成!
やっぱり静岡の田舎の和風建築には槇の垣根だろうと前々から思っていた。その念願の槇の垣根が1週間がかりで完成した。55本も植えるってのはかなりの仕事量だ。
作業着着て泥だらけでやってるもんだから業者だと思われて知らない人が勝手に堂々と庭の真ん中まで来て作業を眺めていくことも何度かあった。
”何ですか?”
”いや、槇見てるだけだ。そんであんたは何処の造園屋だ?”
”この家の者です。”
”ああ、そうか。”
”...”
田舎は好きだけど慣れないことも未だ未だありますね。
それやこれや含め、この1週間本当にたくさんの地元の方とお話をした。
もう1つ面白かったのがこんな会話。
”あの家は地の出(地元の出身)じゃねえんだ”
”そうなんですか。何処から来た人なんです?”
”XXだ”
”....”
XXってのはここからたったの2kmばかり離れた地名。
ってことは静岡県外出身の自分は地のもんどころか宇宙人ですな。
良いの悪いのという話ではなくて、やっぱり外者はどんなに長く住んでも地元の言葉を話し地元と打ち解けてもその土地に生まれ育たなければ骨の髄まで地元民になることは出来ない気がする。
たぶん日本に住む外国人も海外に住む日本人も同じ気持ちを味わうのだと思う。
それだけ生まれ育った故郷というのは重要な意味を持つような気がする。

●管理人(439) 題名:走行会 投稿日 : 2011年2月6日<日>16時13分
お世話になっている竜洋のバイク屋さん、MUモトスさんが来週末13日にエコパの駐車場で技量向上会を開催します。お客さん中心のイベントで宣伝は殆どしていない様子ですが、興味がある方はMUモトスで検索して連絡してみては。インドバイク、タイバイクに乗るチャンスがあるかも知れませんよ。参加料1000円です。
私もストップウォッチとビデオ持ってお手伝いに参じる予定です。

●ミスアマゾンの夫(027) 題名:ご無沙汰です 投稿日 : 2011年1月27日<木>12時13分
管理人さんこんにちは!一昔前にパートナーをクビになった上海帰りのSです。
お坊さんみたいな名前の彼からこことおかしなオートバイ屋さんを紹介してもらって
昼休みにたまに覗きに来てます。
実はうちも昨年末に浜北に新築しました。(土地が安く)
嫁の尻に敷かれている私は、毎週末庭作りに励んでいます。
ここ最近は、当時の知り合いがどんどん居なくなり寂しい想いをしています。
たわいもない内容で恐縮ですが、この前 Yタツに会って書き込む気になりました。
写真を見せてもらいましたが、Yタツの子供はハーフで凄くかわいいです。
実はうちも高齢出産となりますが、5月に出てきます。女の子のようです。
私に似ないことを祈っています。
それでは!
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Res:管理人(761) 投稿日 : 2011年1月28日<金>12時19分
 思いがけず嬉しいですね。誰だかちょっと考えちゃいましたよ。いやとっても懐かしい。
 パートナーをクビになったのは僕等のほうで、結婚後に嫁さんからモトクロスライダーとの交友禁止令が出たと聞いていたので寂しく思っていました。ライダー仲間の縁で知り合ってるのに...。まあモトクロスライダーのイメージからすると女性の気持ちも分からなくもないですが。しかし、それで足を洗っちゃうSさんの優しさがやっぱりSさんの変わらない魅力ですね。
 あのボロボロの平屋に住んでたSさんが新築とは凄い。駐在すると新築が建つってのは本当だったんですね。しかし似合わないなあ。Sさんの後に同じボロ家に住んだ僕も同じですけどね。
 我が家は大きすぎて、友人曰く室内が外気より少し寒いので、しばしば宴会をして暖をとっています。そう、年末にYさんも宴会に来ましたね。突然ノーアポで。3年ぶりだったでしょうか。帰り際にうちの庭にあるコンクリート壁にレンタカーぶつけて”ノープロブレム、ジャストアレンタカー”って怪しい英語しゃべってあの独特の笑い声で笑っていました。まったくYさんらしくて面白いですね。あっ因みに壁は大丈夫でしたがまた誰かがぶつけない様に撤去しました。
 場所は聞きましたね?あまり居ないですが、通りすがりにハイエースが止まってたら是非ピンポン押して下さいね。

●管理人(422) 題名:新年会に思う 投稿日 : 2011年1月24日<月>12時07分
 我が家での新年会。集まってくれたのはモトクロスの友人達やその家族。一般社会では有り得ないほど危険でスリルがあり充実しているこの世界を共にした者の連帯感は強い。男らしく計算抜きで付き合える彼らといると実に楽しい。ライダーとしては一流の仲間達には遥かに及ばない三流の僕だけれども、この時間を過ごせるならばモトクロスをやって良かったな、骨折した甲斐があったかな?と思う。そう、僕の知る他のどんなスポーツよりも皆大怪我を経験している。もしかしたら戦争で共に戦った人の意識にも共通するのかもしれない。
 国民総生産GNPが中国に抜かれても未だ世界3位。それなのに日本人はがっかりし豊かさや幸せを感じない。7位のイタリアや8位のブラジルあたりのほうが僕の経験では豊かさを実感している気がする。先進国はGNPやGDPを成功や幸せの指標としてきたけれどもどうも実際とは違う。それを教訓にブータンが掲げたのがGNH。グロスナショナルハッピネス。経済だけでは計らない幸福指数だ。家族や友人や地域との時間だったり、笑顔の数だったり、水や空気のうまさだったり、項目は多岐に渡る。この考え方には実に共感を覚える。
 GNPが世界3位に落ちても、年収が落ちても、夕食のおかずが1品減ってもいいじゃないか。健康で美味しい米が食えて、信頼置けるモトクロスの仲間たちと笑いあえれば最高に幸せじゃないかな。 

●管理人(017) 題名:新参者の悩み 投稿日 : 2011年1月24日<月>00時36分
 もう1月も下旬で早いものですね。今年の正月は新居で迎えました。都会と違って人と人の結びつきが強いのは知っているけれど、元日から自治会の新年会なるものがあってびっくりでした。160世帯のうち80世帯が参加。私も一升瓶を持って新入りの挨拶に。こんなに地域密着なのは人生初なので正直少し面倒ではあるけれど、地域の人皆と挨拶を交わせる関係なのは実に豊かだなと。
 庭で作業をしていると、新顔なので皆興味を持って声を掛けてくる。特におばあさんの場合はかなりの確率で声をかけられる。そして作業はしばしば中断する。まあ、そんな時間も豊かなんじゃないかと思う。でもね、集中して作業したい時におばあさんを見かけるとちょっとドキドキする。早く目隠しの垣根植えよっと。
14:20 | - | comments(0) | trackbacks(0) | author : takashimase