The motorcycle diaries

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樺太探検

97年のロシア横断以来のロシアバイク旅行。
当時2か月テント生活を共にした悪友と北海道からフェリーでサハリン(樺太)に渡り、樺太を一周2000km。
稚内市の補助金のおかげで運行しているフェリー航路が閉鎖になるとのことで出発1か月前に急遽渡航決定。
ロシアビザ、国際ナンバー、バイク準備、といつも通りバタバタとして出発。
サハリンは期待を裏切らず、景色は最高、橋の無い川渡りあり、永遠と続く悪路あり、治安最悪の街あり、と相変わらずのロシア。
サハリンで非常に感慨深いのは各地に日本統治時代の名残が今も少なからず残っていること。
神社の鳥居、王子製紙工場の廃墟、火力発電所の廃墟、日本人の建てた民家、そして今も現役の旧国鉄の線路や列車。
終戦当時、沖縄の人口より多い40万人の日本人が住んでいた樺太。
そして日本で終戦とされる8月15日以降も、侵攻してきたソ連軍との激戦、玉砕、引き上げ。数千人の命の散った2週間。
玉砕の地に残る日本軍のトーチカを前にすると、わずか70年前の出来事が現実の事として胸に迫って来るのが不思議だ。
歴史にもしがあったなら、
もしミズーリ号での降伏調印が9月12日ではなく玉音放送と同時の8月15日だったら今も日本領だったかもしれない樺太。
もしトルーマンがスターリンの北海道侵攻を許していたらロシア領になっていたかもしれない北海道。
もし樺太が今も日本領だったら、治安も良く、インフラも整って、あっただろうセブンイレブン。
そこで最果てまんじゅうを食べられたかもしれない。それはそれで残念だけれど、その代わり、日本時代から時間が止まったままの樺太は、長崎の軍艦島顔負けの廃墟の村々があり、近代史に興味がある人には最高の秘境かもしれない。

・何の意味もない国際ナンバー。結局交換するの面倒で浜松ナンバーのまま走った。全く問題なし
・旧南珍内重油発電所の廃墟
・野イチゴを売るおばあさん。全然甘くないいちご。
・ロシアの鉄道は幅の広い広軌レールだが、サハリンでは日本人の作った狭軌のまま。
・村のスーパー。外からは店だと気が付かない。親切にもカップ麺にお湯を注いでくれた。
・旧恵須取町にある王子製紙工場の廃墟。金になる金属などはもちろん既に略奪済み
17:40 | バイク | comments(0) | trackbacks(0) | author : takashimase
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